お彼岸に考える、「生かされている」ということ

シルバーウィークのまっただ中である。
お彼岸を迎え、私は、あることに思いを馳せている。
それは、
「自分は、なぜ今ここにいるのだろう」
ということである。

少し大げさに聞こえるかもしれない。

しかし、数年前、私は自分の生死について考えざるを得ない経験をした。
今日は、そんな経験を思い出しながら、お彼岸という時期に、自分が受け取ってきたものと、これから次の世代へ渡していきたいものについて考えてみたい。
経営者やビジネスパーソンだけでなく、一人の人間として、何か感じていただければと思う。

人生最大の試練だった、大腸がん

長野で仕事をしていた頃、私に人生最大の試練が訪れた。
大腸がんである。
幸いにも早期に発見することができ、腹腔鏡による手術を受けることになった。
手術時間は約8時間。
全身麻酔から目を覚ますと、私は集中治療室にいた。
身体にはいくつもの管がつながれていた。
痛みもかなり強かった。
そのとき、最初に頭に浮かんだのは、
「ああ、自分はまだ、この世界にいるんだ」
ということだった。

そして、もう一つ。
「ああ、自分はまだ、生かされたのだ」
という感覚である。

「助かった」という言葉とは、少し違っていた。
自分の力で生き延びたというよりも、何か大きなものによって、もう一度こちら側に戻してもらったような感覚であった。
手術の最中、全身麻酔で眠っていた私に、そのとき何が起きていたのかを知ることはできない。

ただ、振り返ってみると、
手術室で、私は生と死の境界にいたのだろう。
そんなふうに思うのである。

「彼岸」と「此岸」

長野で仕事をしていた頃、私はある講話を聞いた。
比叡山延暦寺の天台座主による話である。
そこで聞いた「彼岸(ひがん・かのきし)」と「此岸(しがん・このきし)」の話が、今でも心に残っている。
その講話では、「此岸(このきし)」とは、私たちが今生きているこちら側の世界であり、「彼岸(かのきし)」とは、いわゆる「三途の川」の向こう岸とも考えられる、という話であった。
そして、春分の日、秋分の日を中心とした「お彼岸」は、昼と夜、光と闇の境が重なる時期であるという。
真東から昇った太陽が真西に沈む。
そのような時期だからこそ、パラレルワールドともいえる「此岸」と「彼岸」が最も近くなる時期なのだという。
そして、この時期に先祖を敬い、お墓参りをするのだという話であった。

その講話を聞きながら、私は自分の手術のことを思い出していた。
生きているこちら側と、死という向こう側。
その境界に、自分もいたのではないか。
そんな思いが重なったのである。

そして、ふと考えた。
私たちが普段見ている世界だけが、世界のすべてなのだろうか。
目に見えるものだけではなく、目には見えない何かが、私たちの人生を支えているのではないか。
そんなことを考えているうちに、私は「目に見えない世界」について、少し興味を持つようになった。

目に見えない世界を、科学はどこまで捉えているのか

そして、ふと興味を持ったのが、現代科学が扱う「量子」の世界である。
私たちが普段目にしている世界では、物と物との間には一定の距離がある。
離れた場所にある二つのものは、基本的には別々のものとして存在していると考える。
ところが、量子の世界に目を向けると、私たちの日常感覚では捉えにくい現象が現れる。

その一つが、「量子もつれ」である。
量子もつれとは、二つ以上の量子が、まるで一つのまとまりのような状態になる現象である。
いったん「もつれ」の状態になった量子は、たとえ遠く離れた場所に置かれたとしても、それぞれを完全に独立したものとして説明することが難しくなる。

たとえば、二つの量子がもつれた状態にあるとする。
それぞれの測定結果には、単純に「最初から答えを決めておいた二つのもの」と考えるだけでは説明しにくい、強い相関が現れる。
しかも、その二つを遠く離しても、その相関は観測される。
これは、私たちの日常的な感覚からすると、とても不思議な現象である。
量子もつれについては、ベルの不等式と呼ばれる理論的な基準を用いた実験も行われており、古典的な考え方では説明できない量子力学特有の相関が、実験によって確かめられている。
アインシュタインは、この不思議な現象を「不気味な遠隔作用」と表現した。
離れた場所にあるもの同士に、私たちの常識では理解しにくいほどの強い相関が現れるからである。

なお、量子力学は、決して遠い世界の話ではない。
半導体やLED(発光ダイオード)、MRI(医療用画像診断装置)など、私たちの身近な製品や技術にも、量子力学の理論が活用されている。

もちろん、ここで、
「量子もつれがあるのだから、人間の思いや魂も遠く離れたところでつながっている」
と科学的に結論づけることはできない。
仏教と量子力学が、同じことを説明しているわけでもない。
科学的に証明されていないことを、量子力学によって説明しようというつもりもない。

しかし、私には、この「目に見えないのに、確かに存在するつながり」という考え方が、とても印象に残った。
私たちの人生も、少し似ているのではないだろうか。
目には見えないが、確かに存在するものがある。

親から受け継いだもの。
先祖から受け継いだもの。
これまで出会ってきた人からもらった言葉や考え方。
仕事を通じて築いてきた信頼。
一緒に働く仲間との思い。
会社に受け継がれてきた理念や文化。

それらは、目で見ることはできない。
しかし、それらが今の自分を形づくっていることは、確かに感じることができる。

考えてみれば、会社も同じである。
決算書に表れる売上や利益、資産や負債は「目に見えるもの」である。
しかし、その会社が長い年月をかけて築いてきた信用、顧客との関係、社員同士の信頼、創業者の思い、受け継がれてきた価値観などは、数字だけでは表しきれない。
目に見えるものの背後には、目に見えないものがある。
そして、その目に見えないものが、目に見える結果を生み出していることも少なくない。

私が「量子」という世界に興味を持ったのは、仏教を科学で説明したかったからではない。
「目に見えないもの」と「目に見えるもの」の間には、私たちがまだ十分に理解していない世界があるのではないか。
そんなことを考えさせられたからである。

そして、それは、あの手術後に感じた、
「自分は一人で生きているわけではない」
「自分は生かされたのだ」
という感覚とも、どこかでつながっているように思えたのである。

「生かされている」ということ

考えてみれば、私たちは誰一人として、自分一人の力だけで今ここにいるわけではない。

生まれてきたこと。
育ててもらったこと。
学校で学んだこと。
仕事を教えてもらったこと。
困ったときに助けてもらったこと。
誰かからかけてもらった言葉に勇気づけられたこと。

今の自分があるのは、これまで出会った多くの人から、さまざまなものを受け取ってきたからである。

会社も同じである。

今ある商品やサービスは、先人たちの努力の上に成り立っている。
顧客との関係も、社員との信頼関係も、一朝一夕にできたものではない。
創業者の思いがあり、先輩たちの努力があり、そこに今の社員がいる。

そう考えると、私たちは「何もないところから、自分の力だけで今をつくっている」のではない。
多くの人から何かを受け取り、そのバトンを持って、今ここにいるのである。
私が手術後に感じた「生かされた」という感覚は、そんなことを考えるきっかけにもなった。

受け取ったバトンを、次の世代へ

では、受け取ったものを、私たちはどうするのか。
私は、「次の世代へ渡していく」ことが大切なのだと思っている。

これは、教育にも通じる。
人を育てるというと、知識やスキルを教えることをイメージしやすい。
もちろん、それも大切である。
しかし、本当に伝えたいのは、

「なぜ、この仕事をするのか」
「誰のために、この仕事をするのか」
「何を大切にして仕事をするのか」

ということではないだろうか。

知識だけなら、インターネットでもAIでも得ることができる。
しかし、仕事に向き合う姿勢や、顧客を大切にする気持ち、仲間を信じること、困難に直面したときの考え方。
そうしたものは、人から人へ、直接受け渡されていくものなのだと思う。

そして、教育には「任せる」ということも含まれる。
自分がやったほうが早い。
自分がやったほうが失敗しない。
そう思うことは、誰にでもある。

しかし、それでは次の世代にバトンを渡すことができない。

時には失敗するかもしれない。
遠回りするかもしれない。
それでも信じて任せる。

その経験の中で、人は成長していく。

教育とは、知識を渡すことだけではない。
未来を託すことでもある。

そう考えると、人を育てることは、会社の未来をつくることでもある。

お彼岸から考える「六波羅蜜」

お彼岸という言葉から、もう一つ思い浮かぶのが「六波羅蜜」である。
六波羅蜜とは、大乗仏教において、悟りの境地である「彼岸」に至るための実践として説かれてきた六つの徳目である。

布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧。

これは、お彼岸の7日間だけ行うものではない。
日々の生き方の中で実践していくものとして考えられている。
私は、この六つの教えを、仕事や経営という視点から考えてみると、現代にも通じるものがあると感じる。

① 布施(ふせ)―「与える」
布施とは、他者に何かを与えることである。
お金だけではない。
知識、時間、言葉、思いやり。
仕事で言えば、顧客に価値を提供することである。
「自分が何を得るか」だけではなく、
「相手に何を与えられるか」
を考える。
それが、信頼につながっていく。

② 持戒(じかい)―「誠実である」
持戒とは、戒めを守ることである。
仕事で言えば、法令やルールを守ることはもちろん、自分自身が大切にすると決めた価値観を守ることでもある。
「できること」と「やってよいこと」は違う。
利益を出すことは大切だが、そのために何をしてもよいわけではない。
長く続く会社には、守るべき一線がある。

③ 忍辱(にんにく)―「困難に向き合う」
忍辱とは、困難や苦しみに耐え、感情に流されずに向き合うことである。
経営をしていれば、思いどおりにいかないこともある。
人の問題、資金の問題、顧客の問題。
時には、自分自身が苦しい状況に置かれることもある。
そんなとき、
「なぜ自分だけが」
と思ってしまうこともある。
私自身、病気を経験したからこそ、困難に直面した人の気持ちを少しだけ想像できるようになった。
大切なのは、困難がないことではない。
その状況の中で、
「では、今の自分に何ができるのか」
と考えることなのだと思う。

④ 精進(しょうじん)―「学び続ける」
精進とは、努力を続けることである。
環境は変化する。
顧客のニーズも変わる。
技術も変わる。
だからこそ、学び続ける必要がある。
「これまでこうだったから」だけでは、これからの時代には対応できない。
昨日より今日。
今日より明日。
少しずつでも前に進む。
その積み重ねが、未来をつくっていく。

⑤ 禅定(ぜんじょう)―「任せる」
禅定とは、心を落ち着け、集中することを意味する。
私は、経営においては「任せる」ということにもつながるように思う。
経営者がすべてを抱え込んでしまえば、組織は経営者以上には成長しにくい。
「自分がやったほうが早い」
という気持ちを、少しずつ手放していく。
そして、人を信じて任せる。
自分がいなくても組織が前に進む。
それは、経営者にとって、とても大切な状態ではないだろうか。

⑥ 智慧(ちえ)―「本質を見る」
最後が智慧である。
単なる知識ではない。
目の前で起きていることの本質を見抜き、何が大切なのかを判断する力である。
売上が下がった。
社員が辞めた。
顧客が減った。
そんな目に見える現象だけを追いかけるのではなく、
「なぜ、そうなったのか」
「本当に解決すべき問題は何なのか」
を考える。
目に見えるものの奥にあるものを見る。
それは、先ほどの「量子」の話とも、少し重なるところがあるように感じる。
もちろん、これは科学的な意味で同じだということではない。
あくまで、私自身の思考の中でのつながりである。

利益を出すことは、未来へつなぐこと

経営の話をすると、「利益」という言葉が出てくる。
利益を出すことは、時に「自分たちが儲けること」のように受け取られることがある。

しかし、本当にそうだろうか。

会社が利益を生み出すことで、社員に給料を支払うことができる。
社員の家族の生活を支えることができる。
新しい商品やサービスを開発することができる。
社員教育に投資することもできる。
顧客に、より良い価値を提供することもできる。
そして、会社そのものを次の世代へ残していくことができる。

利益は単なる「儲け」ではない。
会社という組織を、未来へつなぐための力でもある。

そう考えると、
「利益を生み出すこと」と「誰かを守ること」は、決して別のものではない。

利益を生み出すことによって、初めて守れるものもある。
未来へバトンを渡すためには、そのバトンを持ち続けるための力も必要なのである。

私たちは、何を未来へ渡すのか

大腸がんの手術を受けたこと。
そのときに感じた、
「自分はまだ、生かされたのだ」
という感覚。

そして、長野で聞いた「彼岸」と「此岸」の話。
そこから興味を持った、量子の世界。

一見すると、まったく違う話に見える。

しかし、私の中では、少しずつ一つにつながってきた。

私たちは、一人でここまで来たわけではない。
多くの人から何かを受け取り、支えられ、今ここにいる。
そして、自分が受け取ったものを、今度は誰かに渡していく。

それは、家族かもしれない。
社員かもしれない。
後輩かもしれない。
顧客かもしれない。
あるいは、まだ会ったことのない次の世代かもしれない。

会社も同じである。

先人たちがつくったものを受け取り、今を生きる私たちが育て、そして次の世代へ渡していく。

お彼岸は、先祖に感謝する季節である。
しかし、それだけではないのかもしれない。

「自分は、先人から何を受け取ったのだろう」
「自分は、これから何を未来へ渡していくのだろう」

そんなことを考える時間でもあるのではないだろうか。

私自身、これまでの人生で、多くのものを受け取ってきた。
だからこそ、これからは、自分が持っている経験や知識を、誰かの挑戦のために使っていきたい。

そして、できることなら、その人の背中をそっと押すことができる存在でありたい。
受け取ったバトンを、次の人へ渡していく。

研修講師として、中小企業診断士として。

それが、今の私にできる一つの恩返しなのだと思っている。

中小企業診断士 小池俊

中小企業診断士 小池俊

経営コンサルタント/保険業専門成長コーチ

経営コンサルタント/保険業専門成長コーチ
トラリアル中小企業診断士事務所 代表
経済産業大臣登録 中小企業診断士(登録番号426896)
中小企業庁認定 経営革新等支援機関(認定支援機関番号109313005610)
公益財団法人 日本生産性本部 認定経営コンサルタント(認定番号241008)
一般財団法人 日本能力開発推進協会認定 上級心理カウンセラー
株式会社かんき出版 登録研修講師
徳島出身、東京在住
野球好き
阪神タイガースファン

アクサ生命にてCAP(代理店担当社員)MVPを3度受賞。東京海上日動あんしん生命では、東京の支社を日本一に導く。
通算1000社以上の保険代理店を支援し、1000社以上の法人契約営業に同行。
営業エキスパートとして実績を積み、研修講師として経験を重ねる中で、大腸がんを罹患。
闘病を通じて、「人を育て、次世代に残すこと」の重要性と、「がんに罹患した経営者の不安」という課題に向き合う。
「保険で給付金を受け取れても、その後の会社はどうなるのか?」
その問いに向き合うべく、中小企業診断士を志す。 日本生産性本部の養成課程を修了し、2024年5月に独立。
現在は、保険業専門成長コーチ・研修講師として人材育成や組織づくりを支援。また、中小企業の経営支援も積極的に手掛ける。
通算500回以上の研修登壇実績を持つ。

得意分野は営業、研修、マーケティング、事業計画、組織活性化、コーチング、カウンセリング。

志は、企業の発展と働く人の幸せに貢献できる中小企業診断士になること。

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